森の健康の為に適度に樹々を間引いている。切った幹や太い枝は斧で割って立派な薪にする。中くらいの枝はそのままでも薪になる。細い枝は?
これが悩ましいのだ。まちまちの方向に伸びた細い枝を45センチの長さに揃えて切るのはハッキリ言って手間だ。数年前までは「ハチカマド(ナナカマドの奥に掘った野焼き用の穴)」で燃やしていたのだが、野焼きが禁止されてからはピザ窯で燃やしていた。実際にピザを焼いたりポトフを煮たりする事もあったが、ただただ燃やしている事も多かった。誰を温めることも無く…。
コロナ疎開で山荘に滞在することが増えた今、これではいけないと感じている。人間の都合で死に至らしめたモノであるなら、最後まで味わい尽くさせて頂くのが筋というものだろう。
取り敢えず放置されてままになっていた杉の細枝を拾い集めて来て薪ストーブに放り込んでいる。家を暖め、コーヒーのお湯を沸かせ、妻の頬を赤く染め、ネコを眠りの国に誘い、……。
労を厭わなければこんな風に最後まで活かす事が出来るのだと、満更ではない気分でいたら、「ストーブが焼却炉になっちゃったね。」などと妻が笑うではないか!
ウーム、確かに。せわしなく枝を焚べ続けていると焼却炉の前に立っているような気分になってくる。「炎を見つめながらコーヒー」なんて悠長なことは言ってられない忙しさなのだ。トホホ…。
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