融けて凍ってを繰り返してザラメのようになった残雪をどけると、ペチャンコになったクリスマスローズの葉が現れた。株の中心には既に新しい芽や蕾が用意されている。1メートルもの雪の下でよくも耐えてくれたと労いの言葉をかけ、再び会い見えた喜びを分かち合う。

一方、地上部を枯らして冬籠りする植物は、芽を出してくれるまで心配でならない。知らずに踏み付けてしまった?モグラにやられた?昨年の世話に落ち度があった?愛が足りなかった?特に昨年の冬仕舞いは時間が足りなかった。お礼肥も株元の保温もしてやれなかった…。あれこれ忸怩たる想いを噛み締める日々を過ごすことになる。

それ故に、小さな芽が顔を出しているのに気づくや否や、身体中にオキシトシンが迸ることになる。これが「復活」の喜びなのだなぁ。「いやあ、良かった良かった。今年も可愛い花を咲かせておくれよ。

《昨年春に移植したキクザキイチゲ》

かくして、今年も植物の召使いとしての日々を過ごすことに喜んで同意するのである。